花信風法話


花信風法話 「心に花をさかせよう」
永観堂法主 中西玄禮


82 お釈迦さまの遺言

 数年前、永観堂に秋篠宮さまがご来訪なさったことがあります。勿論、公務でなく、いわばお忍びのご訪問でした。京都国立博物館の佐々木館長を案内役として、 永観堂所蔵の「仏涅槃図」を見たいというご所望でした。京都国博に委託されている他の涅槃図4点と、当寺所蔵のものを広間に掛け並べてご覧いただきました。 その時に
 「宮様は、どうして涅槃図に興味をお持ちなのですか」とお尋ねしたところ、
 「涅槃図に多くの動物が描かれていて、制作年代や作者によって動物の種類や表情が異なっています。それに興味を惹かれて調べております」というご返事でした。 さすがに幼い頃から動物好きで「なまず殿下」の愛称で親しまれている宮様であるなあ、と感心しました。
 ところで、私の好きな俳句に次の作品があります。

   泣いて生まれ泣かれて逝くや涅槃雪

 作者はわかりません。涅槃雪というのは、釈尊が入滅された旧暦2月15日頃に降る雪のことを言い、冬の終わりに降る雪なので「名残り雪」とも「忘れ雪」ともいいます。 人間はすべて「オギャア!」と泣いて生まれ、家族親族に看取られ泣かれて、この世を去ってゆくのであり、お釈迦さまもまた無常の世を示すために80歳で入滅された。 折から春のなごり雪が降っているよ、という俳句です。
 涅槃とは、パーリー語(インド俗語)でニルバーナの音訳です。「生命の燈火が吹き消された状態」をいいます。ですから仏教徒は釈尊の死を「入滅」とか「入涅槃」というのです。
 80歳になられた釈尊が、生まれ故郷のクシナガラで最期を迎えようと、「最後の旅」をされる途中、鍛冶屋の青年チュンダが差し出す供養の食事の中のキノコが原因の食中毒を起こし、 沙羅双樹の林の中に横たわり、弟子達に最後の説法をされました。その時にチュンダが後悔しないようにと気を使い「自分が頂いた供養の食事の中で、 最も功徳が大きく嬉しかったのは、悟りを得る直前にスジャータという村の少女の乳粥と、涅槃直前のチュンダの施食である」と告げられたのです。
 「自らを島とし、他を拠り所とせず。法を島とし、他を拠り所とすることなかれ」(自燈明・法燈明)と説き、「すべての事柄は滅びゆくものである。倦むことなく修行を続けなさい」。これが最後の言葉でした。

 

雪衣をまとったお地蔵さま

雪衣をまとったお地蔵さま

「花信風法話集」
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