今月の行事



ナナホシテントウムシ

ナナホシテントウムシ

秋のお彼岸(あきのおひがん)

   “彼岸”とは迷いの世界であるこの世(此岸)を離れて悟りの世界(彼岸)を求めることです。その悟りの世界に到達する六つの心がけ(六波羅蜜)が示されています。

 春には布施のお話をしました。今回は二番目の持戒についてです。「戒律」という言葉が一般的ですが、仏教用語では「戒」と「律」はいずれも仏教徒が守るべき倫理基準ですが、その性格は異なります。
 まず律です。人間は、小は家族から大は国という共同体を形成し人間としての最高善を目指します。しかし、現実の人間社会には善悪が混在し、構成員もすべて同じ理念を持つわけではありません。 このため共同体の秩序維持には規律・規範が必要となります。これが律でいわば他律的な規則で破れば罰則が伴います。一般的には法律です。
 戒は在家者、出家者を問わずお釈迦さまの教えを守るという自発的な心構え、努力をいいます。 戒は犯したとしても処罰がなく、仏に懺悔して改めることを求める自律的な規則です。まず戒を守る「持戒」から、仏の弟子としての修行が始まることになります。
 戒や律の項目は修行の段階によって増加しますが、出家者でない世俗人が守るべき戒律として仏教は「五戒」を挙げます(ちなみに、出家者である僧と尼僧に対する戒律はそれぞれ二百五十、三百四十八あるといわれます)。

 今の世の中、忍辱することがむずかしく期せずして破戒することも多々あります。戒がそこで問うのは慚(ざん)すなわち自分自身に恥じること、愧(き)すなわちその気持ちを仏に示すことであり、反省とさらなる精進です。 仏教の教えは自分自身を律することに重点を置きます。