白梅

浴室前の白梅

春のお彼岸( )

 “彼岸”とは迷いの世界であるこの世(此岸)を離れて悟りの世界(彼岸)を求めることです。その悟りの世界に到達する六つの心がけ(六波羅蜜)が示されています。
布施(ふせ)~あなたは何を与えられますか。何をえていますか。
持戒(じかい) ~ あなたはルールを守っていますか。
忍辱(にんにく) ~ あなたは我慢しなくてはならないときに我慢できますか。
精進(しょうじん) ~ あなたはいつも前向きですか。
禅定(ぜんじょう) ~ あなたは常に静かな心でいられますか。
智慧(ちえ) ~ あなたはいつも佛さまの智慧を戴いていますか。

 秋は精進のお話をしました。今回は五番目の禅定についてです。
 禅定。日常生活では余り聞き慣れない言葉ですが、佛教では大切な修業の一つです。私たちは日常生活のなかで、気になることが沢山あり、次々に心に浮かび消える、やるべきことが沢山あるけれど、気が乗らない、結局何もできずに時間が過ぎていくという事があります。私たちの心はつねに揺れ動いているのです。
 “禅”は「静か」の意味があり、“定”は「定まる」の意です。ちなみに永観堂の正式名称「禅林寺」は静かな林の寺という意味です。禅定とは心の動揺を沈め、靜かに瞑想して、心の安定を得ることをいいます。皆さんがご存じのヨーガも、この禅定にいたるための実践手法なのです。
私たちは溢れるほどの物にとりまかれて豊かな生活を享受していると思っています。しかし、あれが欲しいこれが欲しい、ああしたい、ああなりたいなどと外からの情報に翻弄され、心はいつも散じています。これではとても物事の本質をつかみ取ることはできません。禅定は、ありのままの真実をとらえる“智慧”に至るための必須の修業なのです。現代こそ、心を鎮めて自分の心を深く見つめ直すこと(内観)が求められているのではないでしょうか。
(中村 元著「佛教大辞典」参照)