みかえり法話


法話3月

三重県 いなべ市農業公園 梅林公園 撮影: 超空正道

しん とく

 人間は、不安の中で生きています。コロナ禍ではその猛威に、世界中の人たちが不安な日々を送ってきました。また、病気はコロナばかりではありませんから、ちょっとした体調不良でも、重篤な病気ではないかと心配したり、人生のさまざまな場面で、僅かな支障が起きただけでも動揺して、心が安まることはなかなかありません。実際、昨年日本で自殺された方が、二万一千八百十八人(速報値)と報じられています。年齢や置かれた立場はそれぞれ違いましょうが、張り裂けんばかりに心を痛めた人々がこれほど多数おられたのです。
 私どもに猫が三匹おり、時に喧嘩もし、老猫でもあり、体調は万全ではないでしょうが、不平をいったり、泣き言をいったりすることもなく、よほど人間よりも、達観した生き方をしているように見えます。しかしそれは、人間が、喜怒哀楽という豊かな心を持っているからに違いないわけで、それは同時に、不安という厄介な心も背負しょい込んだということでしょう。
 そこで仏教では、そんな揺れ動く心に惑わされないように、心というものはとらえがたいものと説きます。禅宗の祖といわれる達磨だるま大師と、後の二祖となる慧可えかとに、次のようなエピソードがあります。
 面壁坐禅をしている達磨の元へ、慧可が参禅を請うたが許されず、彼は雪降る中に長く立ち、自ら左腕を切り落として決意のほどを示し、達磨に差し出して切なる思いを訴えます。
「私は、心が不安で落ち着きません。何としても安心あんじんが得たいのです」
「では、おまえさんの不安な心をここへ持ってくるがよい。安心を得させてあげよう」
「何処にその不安な心があるか探してみても、見つけることができません」
「不安な心が見つからなければ、ないということだ。ならば、安心はもう得られたということだ」……
 さて、この問答には典拠がありまして、『金剛経こんごうきょう』に「過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得」と説かれています。「不可得」とは、得られない、つまり、心は存在しないというのです。過去の心は既になく、現在の心もすぐさま過去のものとなり、未来の心なぞ、ましてあろうはずがないということです。この「心不可得」に関して、道元禅師が『正法眼蔵』において、次なるエピソードを挙げて、解説をされています。
 『金剛経』の権威を自認する徳山宣鑑禅師が、経書を携えて論戦すべく旅に出たその途中、ある老婆と出会います。
「あんたはどういう人かね」
「私は餅売りの婆だよ」
「わしに餅を売ってくれんか」
「餅を買ってどうするんだね」
「おやつにしようと思う」
「和尚、そのたくさん携えているものは何だね」
「わしは金剛経の権威といわれておる。知らないことはない。これはその注釈書だ」
「それでは一つ、和尚に質問してもいいかね」
「許そう。何でも聞くがよい」
「金剛経に『過去心不可得、現在心不可得、未来心不可得』とあると聞いたが、和尚は今、どの心でもって、腹の足しにしようとなさるのかね。答えられたら餅を売ってもいいが、答えられなかったら売らないよ」
 徳山は、茫然として応答できなかった。老婆は袖を払って行ってしまい、餅を売らなかったという……。
 如何でしょうか。ただ、実のところ、『正法眼蔵』を読んでも難解すぎてよく分かりません。そこで、違った視点から、考察をしてみることにします。
 仏法には薬となるいろいろな教えがありますが、「心不可得」は頓服とんぷくのようなもので、うまく処方されれば、劇的によく効きますが、間違った使い方をしますと、効果がないばかりか副反応が出て、かえってよくありません。慧可のように、生死しょうじぎりぎりの問題で、血流を滞らせていた場合、達磨が、さらりとその血栓の塊を融解させて、効果絶大でありましたが、徳山の場合は、病むでもなく、小腹が空いただけで、劇薬ともなる頓服を飲ませようとした婆さんに、まず、素人療法の非は免れないでありましょう。さらに、それに気づかず飲んでしまった、自称薬剤師の徳山自身は、後世までも嘲笑の対象になってしまいました。
 その後徳山は、「に描いた餅は、飢えを満たすことができない」と猛省をしたといいます。不安の中で生きている我々、独りよがりにならず、よき師から適切な教えを受けることは、とても大切なことです。
    (潮音寺 鬼頭研祥)

 

「花信風法話集」

「みかえり法話集 第2部」

「みかえり法話集 第1部」