みかえり法話


忍辱

静岡県 久留女木(くるめき )の棚田と彼岸花 撮影:超空正道

(にん) (にく)

 大変なコロナ禍、なかなか収まりそうにありません。社会生活、医療現場などいろいろなところで、弊害が起きております。家庭内でもストレスからどうしてもイライラしがちですので、お互い気を付けなくてはなりません。もっとも、このような状況下でなくとも、怒りっぽい人はなにかと厄介な存在でありますが、揶揄(やゆ)する格好の材料にはなるようで、春風亭柳橋六代目の演目としても知られる古典落語「天災」がありますのでご紹介いたします。
 隠居の所へ短気で喧嘩っ早い八五郎が、「離縁状を五、六本書いてくれ」と飛び込んでくる。「かかあとババアにやって、あとは壁に貼って置く」という。隠居がよく聞くとババアは八五郎の母親のことだ。夫婦喧嘩で八五郎が女房を殴ったら仲裁に入り、女房の肩を持ったから蹴とばしたという。
 隠居も呆れたが、説教でもしようものなら拳骨の二、三つも飛んで来ようという相手だ。隠居は八五郎に、心学の先生の紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)への手紙を持たせ、先生の話をよく聞いて来いと送り出す。
 「やい、べらぼうに怠(なま)けるやつ出て来やがれ」と喧嘩腰でやって来た八五郎に驚いた紅羅坊先生だが、そこは名の知れた心学者、少しも動ぜず、
 「ならぬ堪忍するが堪忍」、
 「堪忍の袋を常に首に掛け、破れたら縫え、破れたら縫え」、
 「気に入らぬ風もあろうに柳かな」
などと丁寧に諭(さと)すが、八五郎は混ぜっ返して面白がり一向通じない。
 紅羅坊先生はそれでも根気よく、いくつもの例を上げて話し続ける。やっと、「何もない大きな原っぱで夕立にあったらどうする」で、八五郎はついに「天から降ってきた雨で、誰とも喧嘩しようもないから諦める」と降参だ。紅羅坊先生「そこだ、何事も天から降りかかったものと思えば諦めがつく。天の災(わざわい)と書いて天災と読む。何事も天災と諦めれば腹も立つまい」。やっと納得、得心した八五郎は、「今の話を誰かに聞かせましょう」と帰りかける。「茶も出さず、何のお構いもしないで済まん」と見送る紅羅坊先生に、八五郎「なに天が茶を入れねえ、天災と諦めればなんでもねえや」と、大きな進歩?だ。
 長屋へ帰った八五郎は早速、女房に受け売りするが、頓珍漢(とんちんかん)なことばかりで女房にはチンプンカンプンだ。女房は、「そんなことより、熊さんが色を引っ張り込んだ所に、先妻が怒鳴り込んできて大変な騒ぎだった」という。
 八五郎、これを聞くや絶好のチャンス到来と熊五郎の家に乗り込む。やっと騒ぎが収まって一段落したところに、また騒ぎの火種が飛び込んで来たと案ずる面々を尻目に、八五郎は仕入れてきた「天災」を披露する。
「奈良の神主、駿河の神主」、
「神主の頭陀袋、破れたら縫え、破れたら縫え」、
 「気に入らぬ風もあろうに蛙かな」……。
 何を言っているのか訳が分からんという熊さんに、八さんは奥の手を出す。「先(せん)のかかあが怒鳴り込んできたと思うから腹もたつ。天が怒鳴り込んで来たと思えば腹も立たない。これすなわち天災だ」。
 熊さん。「なぁに、家(うち)へ来たのは先妻だ」……。
 さて、八五郎のような怒りっぽい人というのは、身近にも結構いるものですが、その実、自分自身を振り返ってみれば、ストレスや不満をためているときには、他人に食ってかかって鬱憤(うっぷん)を晴らそうとするものの、言われた方もそうそう黙ってはいませんから、悪循環の末、事態は悪くなるばかりということになります。
 『法句経』二二七番に、「アトゥラよ。これは昔にも言うことであり、いまに始まることでもない。沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、すこしく語る者も非難される。世に非難されない者はいない」とあります。これは、アトゥラという人が、人から悪口を言われていることへの不満を漏らしたとき、釈尊がお答えになったお言葉です。
 仏教では、忍辱(にんにく)ということをいいます。「辱(はずかしめ)を忍(しの)ぶ」ということです。人の悪口は、あっちからもこっちからも聞こえてきます。ちょっと褒(ほ)められたかと思うと、すかさずいい気になってどうのこうのと非難されます。紅羅坊先生の「天災」と諦めることも一法ですが、耐え忍ぶことも必要です。江戸時代後期の尼僧・歌人・陶芸家であった、大田垣蓮月尼の「花のころ旅にありて」と題した、「宿かさぬ人のつらさをなさけにておぼろ月夜の花の下ぶし」という歌があります。朧月夜に野宿せねばならなかったことを、宿を貸さなかった人の「情け」として受け取っています。辱めを忍ぶところに、人間は味わいが出てくるものです。
(潮音寺 鬼頭研祥)


 

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