みかえり法話


鯉のぼり
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26 食事のときに「いただきます」っていいますか

 「いただきます」は「いのちをいただきます」の短縮形

 食事をはじめるとき、「いたたぎます」っていいますね。
 あるとき、友人が思わぬ光景を見た、と私に次のような話をしてくれたました。
 彼がレストランに行ったときのことです。となりに親子が向かい合って座っていて注文した料理を食べるところでした。 小学生の男の子が手を合わせて『いただきます』と言ったのです。行儀のいい子だなぁ、と感心していると、 前にいた母親が「ボクねぇ、ここはお金を払ってご飯を食べているのだから『いただきます』は言わなくっていいのよ」といった、 というのです。友人は母親の言葉に驚いた、というのです。そして、こういいました。この母親は『いただきます』の心がわかっていない、と。

 さて、それでは、なぜ食事のときに「いただきます」っていうのでしょうか。
 食事のとき、目の前に並んだ食べ物をよく見ると、みんな生きていたものばかりです。肉や魚はもちろんのこと、 米や野菜、果物、みんな、太陽、水、空気、土などのおかげで大きくなったものです。その生き物のいのちをいただいて私のいのちをつないでいます。

 お坊さんや修行僧がお寺で食事をするときに、食前のことばに「五観」というのを唱えます。
 「目の前の食べ物はどこから来たものか、食の由来を考えよ」、
 「その食物のいのちをいただいて私の身体は保たれる、ということを考えよ」、
 「食べ物のいのちを奪ってまで、この私は生きる価値があるか」、
 「いただくのならこの食べ物を私の体を養う薬と思え」、
と唱えるのです。
 食べ物をいただく、ということは、生き物のいのちを奪って、そのおかげで私の身体はいのちをつないでいる、ということです。そしてその事実に、 手を合わせて感謝することが尊いことなのです。

 『いただきます』というあいさつ、その言葉の前に「いのち」ということばを補って、『いのちをいただきます』といえば、中身がわかる、というものです。

 


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