みかえり法話


彼岸花
彼岸花

30 法然上人のお歌

 法然上人の代表的な歌に、

   月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の こころにぞすむ

というのがあります。

 この月影とは、月明かりのことです。こうこうと照らす月明かりです。
いたらぬ里は なけれども。月の光、とどかない里は、ないのだけれども。里というのは、村落。人里(ひとざと)のことで、 それから転じて、俗世間、つまり私たちが住んでいるこの世界という意味にもなります。
 月の光とは、阿弥陀如来様の光明、お光りですから、阿弥陀様の光明は、私たちの住むこの世界を照らしていて下さるということです。ただ、ながむる人の こころにぞすむ。 つまりその月の光は、ながめた人にしかわからないように、阿弥陀様の光明は、その光をいただいていることを知った人に、伝わるということです。
 この「ながむる」は、ぼんやりと見る意味ではなくて、じっと心を凝らしてみるという意味です。ながむるは、もともと「長い目」という言葉が語源ですから、 ふらふらとしないで、阿弥陀様の光明を知ること、つまりそのお慈悲を知ることです。
 この歌は、お経にある「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」の意味を伝えるものとも言われています。
 光明は阿弥陀さまの光明で、あまねく照らします。照らすのは、十方世界 あらゆる世界の念仏衆生、つまり念仏に縁ある人々を照らすのであって、 そのすべてをすくい取っていてくださるという意味です。

 


「みかえり法話集 第2部」

「みかえり法話集 第1部」