みかえり法話


アサガオ
アサガオ

29  命の平等

「春は黄色から」と言われます。各地のお寺では境内になにがしか花を植えておられますが、私のお寺でも蝋梅(ロウバイ)、山茱萸(サンシュユ)の花と黄色から咲き始めて、桜の花。 そして黄色の木蓮も咲きました。昨年は五輪しか咲きませんでしたが、今年はたくさん咲いてくれました。 一年を通して何かしら花が咲いていればと思い、いろいろな花を植えていますが、冬を耐えて春になると「よくぞ咲いてくれた」と命の尊さに感動を覚えます。

  一、今、命あることはありがたい。
  二、自分の命が大切なように、他の人にとっても命は尊いものである。
  三、自分の命は自分だけのものではない。

 人と人との間があってはじめて「人間」となりますが、人と人が出会う時、その間を取りもつのは互いの地位や職業、財力や容姿ではなく、 「命」の視点に立ってお互いを見つめることでなくてはなりません。命があるということにおいて人は平等なのです。 もっと広げて、生きとし生けるものすべてが「命」ということにおいて平等なのです。「命」までの想像力を持てるかどうか、 それが人間力、人格ということの大きさであるように思います。
 一、二、三と分けて書きましたが、これらは別のことではありません。果たして、今自分が生きていることが有り難い、 つまり奇跡であると感じられる人がどれだけいるでしょうか。私の命は、まず親の願いによって生まれました。 生まれてからは数え切れないほどたくさんの命と関わって生きています。そのどれか一つが欠けても、今の私はありえません。 私の命はそれほど多くの命によって支えられ、願われている命です。
 その同じ命が他の人にも同様にあるのです。自分の命を見つめれば、他者の命を認めざるを得ません。反対に他者の命を大事に思うなら、 自分の命を大事に思うものです。それが平等ということです。 そのために何が必要かというと、「思いやり」。相手の身になって考えるということです。「思いやり」こそ慈悲の根本です。 命は「思いやり」によって受け継がれて行くのです。

 


「みかえり法話集 第2部」

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