にい

岐阜県 みのかも健康の森 睡蓮と紫陽花 撮影:超空正道

() (せき) (せん) ()

 新型コロナウィルスの脅威は、いまだ収まっていません。①密閉空間、②密集場所、③密接場面という「三密を避けよう」が社会生活の規範となって1年余、この実践を心掛け早期の収束に努めたものの、ウィルスは急速に変異して収束が見通せません。国民の健康・医療不安、経済への影響そしてオリンピック開催を控え、高齢者のみならず若年層へのワクチン接種を加速して、一日でも早く集団免疫を獲得することが望まれます。
 さて、互いの距離がぴったりとくっついていたり、はなはだ近い位置関係にある状態を「密接」といいますが、これに近いことばに「咫尺(しせき)」があります。「咫(あた)」という字は、「八咫烏(やたがらす)」「八咫鏡(やたのかがみ)」で目にされたことがあるかもしれませんが、親指と中指とを広げた長さ、中国古代王朝の周時代の長さの単位で「尺」が十寸として、「咫」は八寸に当たるということです。詳しいところはよく分かりませんが、「咫尺」は、大雑把に20から30センチメートルくらいのようです。次のような用例があります。
 中国は盛唐の詩人李白(701~762)が、知入邸で屏風画の中の巫山(ふざん)を見ていたら、画中に巫山が飛び込んできて、眼前に十二峰の広大な世界が展開し、さなから本物の山に遊んでいるかのような心地になったと、詩に残しています。
疑うらくは是れ天辺の十二峰
飛びて入る 君が家の彩屏の裏
・・・・
高さ 咫尺 千里の如く
 画中の山は、一尺に満たないが、千里の遠きにあるが如くであると詠んでいます。
 また、こちらは日本、室町時代後期、永正15年(1518)に編集された『閑吟集(小歌の歌謡集)』に、恋人への思いを詠んだものでありましよう、次なる歌があります。
千里も遠からず
逢はねば咫尺も千里よなう
 (逢えるなら千里だって遠くない。逢えないなら近くにいても、千里の距離があるように思える)
 さて、ここにあって「咫尺が千里」、つまり、「咫尺=千里」ということで表現されていますが、物理的に見れば明らかに矛盾します。しかし、夢想空想の世界で遊ぶ、男女関係のようなものにおいては、けして矛盾しないのですね。たいてい誰もが、若いころ片思いに苦しむものですが、そんな経験を照らし合わせて考えてみれば、確かにそうであります。人間は、かような矛盾の中で生きている存在であるということでありましよう。
 ところで、密接も咫尺も互いの距離のことをいうわけですが、その対象は何でもよくて、前述の李白の詩の場合は、地理的距離であり、閑吟集の小歌の場合は、男女間の距離ということになります。

 ここで仏教に目を向けてみましよう。釈尊のお弟子に、阿難という人がいました。十大弟子の一人で、梵語ではアーナンダといい、経典によっては、阿難陀と表記されます。釈尊の従弟で、出家後、釈尊の侍者として二十五年間仕え、説法を間くことが仏弟子中もっとも多く、「多聞第一」といわれています。原始仏教教団では、当初女性を入団させませんでしたが、釈尊の養母らの切なる願いと、阿難の取りなしにより、比丘尼の教団が認められるに至ったといいます。阿難は女性に優しく、美男子であったといわれ、女性からの誘惑も多かったようです。それが災いしてか、阿難は、釈尊のお側に仕えること長きにわたりましたが、釈尊生前中には、ついぞ悟りを得ることができなかったといいます。
 弟子である阿難と、師である釈尊との距離は、常に非常に近かったにもかかわらず、求むべき悟リヘの道は遠かったということになります。師弟関係においても、「咫尺千里」ということはあるということであります。
 つまり、人間には、本来仏性が備わっているにもかかわらず、宝の持ち腐れとなっており、悟リヘの道は「咫尺千里」であります。しかし、仏性さえ発現できれば、いな、阿弥陀仏の慈悲に気づき帰すれば、「此を去ること遠からず」、即この世が極楽、「天涯咫尺」となるということです。かの清少納言は『枕草子』で「遠くて近きもの、極樂、船の道、男女の中」と綴っています。
 さて、その後の阿難は、発奮して大迦葉に就いて悟りを得、仏陀の教えをまとめる結集において、多聞第一であったところから「如是我聞」と、経典の書き出しは阿難が語る形式になっているとおり、とても重要な役割を果たしております。
(潮音寺 鬼頭研祥)