10月法話

奈良「曽爾高原」の夕日とススキ 撮影:超空正道

豈容不去( )(あに去らざるべけんや)

 自然の美しい景色は色々ありますが、中でも夕焼けは、地域を選ばず、どこでも見ることの出来る現象ですから、誰もがなにがしかの感慨や思い出を持っているのではないでしょうか。そして、その思いの中には、必ずと言っていいほど、『夕焼小焼』の童謡がどこかで結びついているような気がするのです。
夕焼小焼
    中村雨紅作詞・草川信作曲
 夕焼け小焼けで日が暮れて
 山のお寺の鐘がなる
 おててつないでみなかえろう
 からすといっしょにかえりましょ
 子供がかえったあとからは
 まるい大きなお月さま
 小鳥が夢を見るころは
 空にはきらきら金の星
 ここで本題に入る前に、夕焼け小焼けの「小焼け」って何だろうということが気になります。『日本国語大辞典』によると、「こやけ」は、語調を調えるために添えたものとあります。用例として、北原白秋の『お祭』という童謡の「わっしょい、わっしょい。真赤だ、真赤だ。夕焼小焼だ」という一節を載せています。こちらの作品の方が、古いということですから、北原白秋の造語の可能性もあります。ともあれ、「大寒小寒」、「仲よし小よし」のように、声に出して語呂のいい、気持ちよい響きを持つ言葉のようです。
 さて、私共の年代の子供時代では、昼間しっかり遊んで、夕暮れになって帰るところは、親兄弟が待っている我が家です。そして、お風呂で汗や泥を流し、お母さんが作ってくれた夕飯を食べて、いっぱいお話をして、床に入ってすやすやと眠ります。子どもにとって、これこそが心が安まるいちばんの幸せです。
 我々人間には、子どもの頃のこのような体験から、潜在的に両親の深い慈愛に抱いだかれて、心の平安、安心を得たいという願望があるものです。ですから、大人になってからは、宗教にそのような心の平安を求めようとするではなかろうかと思うのです。つまり、帰るべきところが、母の待つ我が家であったのに対し、仏さまが待っていて下さる、浄土に転換するということです。
 そこで改めて、『夕焼小焼』の歌詞を見てみましょう。お寺の鐘の音は、釈尊の声です。おててつないでは、文字通り、共々皆といっしょにということです。からすといっしょには、あらゆる自然を含めて、世界全体が平和で安穏であるようにという願いです。そして、まるい大きなお月さまは、仏法の悟り、回心(えしん)の象徴です。阿弥陀如来を表すといってもよいかと思います。そして、まわりのきらきら金の星は、観音菩薩・地蔵菩薩・薬師如来・大日如来など、さまざまな仏さまも、それぞれが光り輝いているということです。
 すなわち、この『夕焼小焼』は、子どもの平安な一日の終わりを美しく描き出していると同時に、娑婆に生きる我々が、信仰(大乗の教え)を拠(よりどころ)として得られる安らぎの一生を暗示しているともいえるのです。さらに、宗教学者の山折哲雄氏が他から聞いた話として、お寺の鐘の音「ゴーン」は、英語で表記すれば「go(行け)」と言っており、教会の鐘の音「カーン」は「come(来い)」と言っているのだとの指摘をされていました。たしかに、そう聞こえなくもありません。この「行け」、「来い」で思い出されるのが善導(ぜんどう)大師の『観経疏(かんぎょうしょ)』にある、「二河白道」の教えです。
 これを絵図にした「二河白道図」が、当山の本堂にもあります。西に向かう一人、南に火の河、北に水の河、その中間に細い一本の白道があって、水火が猛然と押し寄せ、後方からは群賊や悪獣が迫ってきます。進退窮(きわ)まり、思案していると、東岸から「行け」という声、西岸から「来い」という声に励まされ、ついに西岸に達したというものです。 火の河は人間の瞋(いか)りや憎しみ、水の河は愛着や欲望、白道は浄土往生を願う清浄心、群賊たちは迷いから生ずる悪い考えなど、東岸の声は娑婆世界の釈尊の教え、西岸の声は極楽浄土の阿弥陀仏の呼び声に譬えたものです。
 また、『観経疏』の別の章では、「仰ぎ惟(おもんみ)れば、釈迦はこの方より発遣(はっけん)し、弥陀はすなわちかの国より来迎したまう。かしこに喚(よ)び、ここに遣(や)る。あに去らざるべけんや」という一節があります。つまり、釈尊の「行け」、弥陀の「来い」との呼び声に、衆生である我々は「なんで行かないことがあろうか」というのです。まさに『夕焼小焼』の景色です。作者の意図の云々は別として、日本人には、そのような意識が潜在的にあるのだと思います。今度夕焼けを眺めるときには、ぜひそんなことも、思い起こしていただければと思います。
(潮音寺 鬼頭研祥)

 


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