みかえり法話


法話10月

三重県いなべ市 KIMOTO ダリア園 撮影:超空正道


月げっ 白ぱく 風ふう 清せい

 月が美しい季節になりました。「月白風清(月白く風清し)」という、月明りの美しい秋の静かな夜の風情を表す四字熟語があります。これは、蘇軾そしょく(1036~1101)、あるいは仏家の方面からは蘇東坡そとうばと言った方が通りがいいかもしれませんが、中国は北宋の文人として、書画の分野でも天才的な業績を残された方に由来するものです。
 元々は政治家でしたが、直言をはばからぬ性格もあって、王安石らと対立し、死罪の危機に直面したり、二度の左遷の憂き目に遭い、生涯の多くを地方長官で過ごしました。しかし、この苦難が、彼の文学を一段と大きく成長させたと言われます。儒教・道教・仏教に造詣が深く、辺境の地への流罪という挫折を、感傷的に詠ずるのではなく、不幸をより高度の次元から見直すことによって、たくましく乗り越えようと努め、彼に現実を超越した、聡明な人生哲学をもたらしたと評されています。
 長江に沿う黄州に流罪にあった時代の作品に、『赤壁賦せきへきのふ』があります。その賦(詩歌)は、真跡と伝えられる書と共に、彼の代表傑作と言われています。黄州城外の長江辺りにある赤鼻磯せきびきを、三国時代の古戦場である赤壁に見立てて書かれ、前後二篇からなっています。ただ、文字だけを追っても、この詩は理解できませんので、以下、正木佐枝子氏の力をお借りします。
・前赤壁賦
 元豊五(1082)年七月十六日、蘇軾が客人と舟を浮べて、赤壁の下に遊ぶ。明月が出ると飲酒し、唱歌する。客人の中に洞簫どうしょうを吹く者があり、歌に合わせて奏したが、その音色は悲哀に満ちていた。客人は人生の束の間なことを愁えていたからである。蘇軾はそこで老荘のお教えから、物事の可変性と不変性を説いて客人を慰め、さらに江上の清風と山際の明月を楽しむことは誰に憚はばかることでもないと言い、再び客人と共に楽しく酒を交わしたのであった。
・後こう赤壁賦
 同年十月十五日、月夜に帰宅途中、蘇軾は再び舟遊びをしようと思い立ち、二人の客人と共に赤壁に出かけた。季節は移ろい、景色は打って変わっている。蘇軾は、岸に上り、独り岩山をよじ登った。客人たちはもはやついて来られない。舟に戻ると鶴が舟をかすめて飛んでいった。そして、蘇軾は眠り夢に一道士をみる。道士は「赤壁の遊びは楽しかったか」と問う。蘇軾はその名を問うが道士は答えない。そこで「さては先ほどの鶴があなたか」と言うと、蘇軾は目が覚めた。
 では、蘇軾はこの作品において何を表現しようとしたのか。
 前篇の日付である七月十六日は、十五日の盂蘭盆会うらぼんえや中元節、十六日の眉山の収穫祭等、本来賑やかに楽しむべき日であった。ではこの賑やかな日に蘇軾はどうしていたか。すなわち蘇軾は黄州に流謫るたくして二年、ただ客人と舟を浮べて赤鼻磯に遊んでいる。蘇軾は現実の流罪も賑やかな祭日のことも忘れて、自由の身になり天上世界へ行こうとする気分である。客人の愁いに仮託された自らの愁いを、老荘の教えにより心の解放を得ているのである。
 後篇では、明月の下で再び赤鼻磯の舟遊びを思いつき、客人と妻の助けを借りて酒と肴を揃え、楽しく出かけていく。ところが、この日、心中に深い苦悩のある蘇軾は、赤鼻磯に到着するや、もはや苦悩を押さえ切れず、共に楽しむべき客人を置き去りにして、独りで岩山によじ登って、自らの愁いを解こうとする。しかし、蘇軾を待っていたのは厳しい冬景色だけであった。そこで舟に戻り、夢に活路を見出そうとしたが、束の間の道士との会話も、目が覚めれば、捉えどころがないものであった。
 こうしてみると、前後両篇の主題はともに、蘇軾の自らを救う道の模索といえよう。すなわち前篇では、現実から懸け離れた明月等の自然と老荘哲学が蘇軾の愁いを一時的に解いたが、後篇では、孫綽そんしゃく(314~371)が、天台山の岩山を登り詰めて仙境に入ったという『遊天台山賦』の追体験を試みるも失敗に終わり、愁いは深まるばかりであった。    ……以上要約加筆。
 つまり、『赤壁賦』は、流罪による失意のただ中にあった時代の作品であり、そしてこの左遷先の土地を東坡と名づけて、自ら「東坡とうば居士」の号を名乗るようになったのも、仏教や道教に心の拠よりどころを求めようとした意思表示に相違ないでしょう。
 さすれば、『後赤壁賦』の一節である表題の「月白風清」は、単に季節の描写とは言えないでしょう。心中に一点のわだかまりのない境地とか、清貧の清々しさを詠んだものとか、人によって、さまざまな解釈がされてきました。しかしこの秋、遠き赤壁の蘇東坡に思いを馳せ、自分が眺める月は、どんな表情を見せてくれるか、じっくり味わってみては如何いかがでしょうか。

       (潮音寺 鬼頭研祥)


 

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