岐阜県揖斐郡池田町 霞間ヶ渓の桜 撮影: 超空正道
龍 蛟 躍 四 溟(りゅうこうしめいにおどる)
五年前に、軽度の脳梗塞を患ったことがあり、三ヶ月毎に中京病院の脳神経内科に通っています。今回の診察の折、いつもとは違う待合の席しか空いていなかったので、たまたま座った席の目の前に、ふだんは気にも留めていなかった「龍蛟躍四溟」と書かれた墨痕鮮やかな額装の書があったので、調べてみることにしました。
ネットでこの「龍蛟躍四溟」を検索すると、先ず出てくるのは、横山大観(1868~1958)の『龍蛟躍四溟』(1936)と題する紙本墨画金泥の六曲一双の屛風絵図です。横山大観が、時の文部大臣から官設展改革の協力を求められ、第一回改組帝展に出品し、その後、昭和天皇に献上された作品で、現在は皇居三の丸尚蔵館に所蔵されているとのことです。その解説に、作品への意気込みは、雲や波の激しいうねりにみられるような気迫あふれる描写に投影されているとあります。
「龍蛟躍四溟」という言葉は、国家と人民の盛徳昌運を謳う、中国の南北朝時代北斉(550~577)の皇天祭文の歌の一節にある「風雲馳九域 龍蛟躍四溟」を典拠とするもののようです。「九域」とは中国全土、「溟」は深い海や大海を意味し、「四溟」は東西南北の四方の海、すなわち世界中の海を指します。「龍」は東洋の伝説における神秘的で力強い存在であり、「蛟(みずち)」は水中に棲むとされる想像上の生物で、角がなく小龍とも言われます。龍や蛟が四つの大海原を舞い跳ねる様子を表す言葉です。
この表現は、広大な世界を舞台に自由自在に活躍する姿や、限りない可能性を秘めた力強い進展を象徴しています。才能ある者が世界を股にかけて活躍する様や、大志を抱いて新たな領域へ飛び出す姿を描写する際に用いるに相応しい言葉です。
そして、大観の屏風の次に検出されるのは、あの連合艦隊司令長官であった山本五十六(1884~1943)の揮毫、「龍蛟躍四溟」が刻字されている飛行機のプロペラです。これは、第二次大戦中の折、日本海軍への多額寄付者に対し、返礼品として贈られたものらしく、全国各地にも同様のプロペラがあるとのことです。日本軍の飛行機が、世界の海と空を制すとの願いが込められているように思われます。
ところで、戦中派以前の方でしたらよくご存じかと思いますが、「八紘一宇」という言葉があります。「世界を一つの家にする」を意味します。第二次世界大戦中に、日本が中国、東南アジアへの侵略を正当化するためのスローガンとして用いられました。横山大観、山本五十六が「龍蛟躍四溟」という言葉を用いた意図を考えてみますに、昭和の初期という時代背景からして、この「八紘一宇」に通ずるものがあり、やはり、どうしても焦臭さを感じてしまいます。時にこのような目標を持つことは、野望あるいは妄想にも成りかねず、よほどの配慮が必要であることは、歴史が示すとおりです。
現代おきましても、世界を見渡しますと、龍蛟を自認する指導者たちの中には、躍動するではなく、暴虐の限りを尽くし、民衆の多くの命を奪ったりして、その暴挙の下、日々怯え苦しんでいる人々が大勢いるという報道を耳にするにつけ、人類の持つ業の深さを感じないわけにはいきません。龍にしても蛟にしても、絶大なる力を持った存在です。ただその力を破壊することにのみに使っていたのでは、爆弾やミサイルといった兵器としての機能しか持っていないことになります。東洋における龍や蛟は神秘性を持ちつつ、なおかつ人々に何かしらの恩恵をもたらしてくれる存在でなくてはならないもののはずです。指導者を自認する方々には、毎朝、真実を映し出す鏡で、自らの姿をチェックしてもらいたいものです。そこに映し出されているのは、龍なのか蛟なのか、はたまた悪の権化のドラゴン、あるいはキメラか。はたして、平和をもたらしてくれる龍蛟の出現はあるのでしょうか。
話は変わって、イタリアの冬季五輪では多くの選手がチームジャパンとして活躍し、日本は過去最多の24個のメダルを獲得しました。また日米でも野球が開幕し、メジャーリーグで日本選手の活躍が期待されます。米リーグ記録を更新する大谷翔平選手はもちろん「龍」、山本由伸や佐々木朗希選手は、さしずめ「蛟」ということになりましょうか。今年も大いに躍動してもらいたいものです。ここで、「龍蛟」は、権力闘争をするような強欲の世界には、本来、棲むことが出来ないことを、知っておくべきでしょう。
(潮音寺 鬼頭研祥)