熱田区 神宮東公園 紅葉 撮影:超空正道
共 命 鳥
私は、寺の三番目の子として生まれました。上の二人が女でしたので、生まれたときから、寺の跡を継ぐことが当たり前のようにして育てられました。一方私の父親の場合は、先々代の住職に跡継ぎが無かったので、小学四年生の時に、二番目の弟子として養われたものですから、私にとっては父親というよりは師弟のような関係で、結構厳しくお経を教えられました。
ですから、自分で言うのも何ですが、純粋であった私は、坊さんになるからには、妻帯なぞせず、仏道に専念していこうと、本当に二十代の半ばまでは考えていました。ところが、煩悩具足の凡夫の身なるがゆえ、また寺院運営においても妻帯は意義あることと考えるようになり、檀家総代でもあった方の薦めもあって、三十歳を前にして、現在の妻を伴侶とすることになった次第であります。それから半世紀近く、互い高齢者になって、この頃思うことがあります。
人間は、ひとりでは生きていけません。どんなに強がったところで、誰かの力を借りずには生きていけないのが人間です。家庭であれば夫婦・親子・兄弟姉妹、外に出れば、友人・同僚・上司部下といったパートナーの存在が不可欠です。もっとも、今日の日本においては、万全とは言えなくとも、弱者を支える社会保障制度が充実してきておりますから、「俺はひとりで生きていく」と言えなくもありません。が、これとて、ケアマネージャーのような方が付き、その都度状況に応じて、誰かの力を借りねばならず、パートナーの存在は必要不可欠です。
そんなパートナーシップ(協力関係)の大切さについて、たとえば、結婚披露宴のスピーチでよく例として出されるのが、運動会等での「二人三脚」です。これは、片方が速くても、もう片方が遅ければうまく進めません。息を合わせて、同じ方向に進むことが大切であるということを示唆するものです。しかし、時に転んだりするものですから、若くて血気盛んな頃は、早々紐を解き放って、単独で走った方が、どんなにか楽に違いないなんて、考えてしまいがちです。
また、仏典にはこのパートナーシップを考える上で、面白い寓話として「共命之鳥」あるいは「共命鳥」が登場します。この鳥は、『阿弥陀経』『涅槃経』などに記述があり、「一身にして二頭を持つ鳥」であり、二つの頭が一つの体を共有しているという厄介な存在です。「二人三脚」であれば、パートナーの解消は紐を解くことによって可能ですが、「共命鳥」の場合はそういうわけにはいきません。ですので、内容的にはいくつかのバリエーションがありますが、こんな話が伝わっております。
共命鳥は、他の鳥と比べても殊更に美しい羽と声を持っていました。しかし、片方の頭がもう一方と比べて劣ることを気にして、相手が疎ましくなり、いっそのこと亡き者にしようと考えて、密かに片方に毒の実を食べさせてしまいます。浅はかなるかな、食べた側を殺すことは出来たものの、そもそも身体は一つであるため、食べさせた側にも毒が回り、共に命を落とすことになってしまったのです。
さて、前置きが長くなってしまいました。昨年、私のパートナー、妻であるお庫裏が、脊柱後側弯症の手術をしました。背骨全体にチタン製のインプラントをとりつけ、曲がりを矯正固定したのち、背骨や骨盤から骨を削って移植するという手術で、六月に二回に分けて行い、三ヶ月近く入院の末、八月の終わりに退院して帰ってきました。
手術自体は上手くいき、姿勢が良くなり背も十センチ以上伸びて、別人のようになりました。ただ、当初右脚が動かず、立つことも危ぶまれました。本人も家族も、車椅子生活になるのではないかと心配しましたが、リハビリによって、何とか歩けるようになり、退院が叶いました。しかし、要介護2で、日常生活の中で、出来ないことが少なからずあります。
医師からも、骨が落ち着くまでには半年くらいはかかると言われていますので、無理は出来ません。訪問リハビリを週二回、筋力を付けていかねばなりません。長く立っていられない、落ちたものが拾えない、靴や靴下が自分で履けない、車の運転が出来ない等々、パートナーとしての出番が結構あります。見えない紐で縛られ繋がっているという実感があります。共命鳥の苛立ちが、分からんでもないようなことが確かにあります。
ときに、その後の共命鳥はというと、猛省をして、今も浄土において、「他を滅ぼす道は己を滅ぼす道、他を生かす道こそ己の生かされる道」と鳴き続けているとのこと。私どもも、この声を励みに、老いの道をゆっくりと、共に歩み続けていかねばならないと思っています。
(潮音寺 鬼頭研祥)